トヨタの「ポストGM」戦略、途上国・環境・新事業での先行がカギ
ロイター
[東京 8日 ロイター] 2010年代の早い時期に世界シェアを15%に引き上げる──2002年4月に張富士夫社長(現会長)が世界制覇宣言とも取れる強気の発言で話題を呼んでから、わずか5年。トヨタ自動車(7203.T: 株価, ニュース, レポート)の世界の販売台数は昨年、首位の米ゼネラル・モーターズ(GM)(GM.N: 株価, 企業情報, レポート)にほぼ並んだ。
北米市場の不振に苦しむGMを横目に、トヨタが年内にも自動車業界の盟主の座を手にする可能性は大きい。
しかし業界の頂点へのアタックは、トヨタにとって未体験ゾーンへの挑戦でもある。世界市場で首位の座を守るには、出遅れ感のある新興国市場で勝ちに転じる一方、従来の技術レベルを超える厳しい環境規制への取り組みでも先行する必要がある。成熟化する自動車産業を支える新しい収益事業の育成も、経営基盤を強化する上で不可欠の課題だ。
数多くの成功体験を「ポストGM時代」にどう生かし、どう発展させるか。世界ナンバーワンを目前にしたトヨタで、新しい成長戦略が動き始めている。
<低価格車で新興市場を開拓、懸念は利益率の低下>
トヨタは世界市場での販売台数について、08年に985万台を、09年には自動車メーカー初となる1000万台突破を計画している。渡辺捷昭社長は「自動車産業は発展途上にある」と話しており、さらなる成長を狙っていることは明らかだ。07年10─12月決算で営業減益となった北米など、従来の主力市場では大きな伸びが期待できないとしても、「BRICsを中心とした資源国や新興国はさらに市場が拡大していく」(渡辺社長)と強気の構えを崩さない。
しかしトヨタにとって、こうした新興国の市場環境は欧米や日本とは大きく異なる。中国ではGMが首位に立つほか、インドではスズキ(7269.T: 株価, ニュース, レポート)が5割のシェアを握るなど、先行して進出した競合他社が優位だ。出遅れ感のあるトヨタは、80万円前後の低価格車の投入で、先行組の切り崩しを狙う。「BRICsと呼ばれるような国は、先進国とちがい、下の層から順番にモータリゼーションが進展している。現地ディーラーからの要望は強く、そういう客が手の届く車を出していく」と浦西徳一副社長は期待をかける。
「e−CRB」と呼ぶ販売管理システムも、新しい市場での拡販を後押ししそうだ。ITを使って顧客情報を一元管理する販売支援ツールで、見込客や既存客など各顧客の状態に応じ、ディーラーは的確な営業サポートを受けられる。03年のタイを皮切りに、これまでに中国やマレーシアなどに投入した。販売網の構築が本格化するインドやブラジルにも導入すれば、経験の浅いディーラーを即戦力化できるメリットがある。
だが、低価格車の販売が拡大すれば、全体の利益率を低下させるという問題が出てくる。トヨタは現在9%の営業利益率を10%に引き上げる目標を掲げているが、利幅の薄い低価格車の投入を広げると、その目標が遠ざかる恐れがある。瀧本正民副社長は「低コスト化技術を使って本当に望んでいるような商品性の車を作れるかどうかを確認している。現地でうまく作れるかどうか最終チェックをしている段階」と話す。
<急激な成長で不安視される品質>
複数の地域で同時に事業を急拡大すると、経営資源が分散し、品質管理の低下などが起きる。すでに世界各地に現地生産と販売網を持つトヨタも、こうした経営リスクと無縁ではない。創業から約60年かけて販売台数を500万台に乗せたが、そこから937万台に倍増させるには10年程度しかかからなかった。あまりの急成長ぶりに、04─06年にはリコールが急増する問題が起きた。複数の新興市場で販売拡大をめざす戦略に、同様の事態が現実になる不安はぬぐえない。
「カンバン方式」を確立し、副社長を務めた大野耐一氏は、工場で余分な部品を見つけた際、チョークで床に丸を書き、そこに立っているよう部下に命じたことがある。大野氏は立たせた理由を口では言わなかったが、部下はライン全体を眺めているうちに自然と改善点を考えるようになったという。トップと現場との以心伝心のコミュニケーションが、事業改善を実現する潤滑油になる。
毎年のように世界各地に工場を建設し、さまざまな文化的バックグランドをもつ従業員が働く今のトヨタには、現場でそうした指導をする余裕はない。それでも渡辺社長は「質の向上なくして成長なしというのが就任以来の私のテーマ。二律背反する部分があったとしても、企業努力で解決してかなくてはならない」と話す。
解決策の1つが、日本国内の生産拠点を「マザー工場」と位置づけ、そこで新しい生産技術を確立してから世界中の工場に展開していく手法だ。愛知県豊田市の高岡工場には昨年夏、「革新ライン」という新しいラインが導入された。CCDカメラやセンサーを使い、ラインのなかで部品のバラつきをチェックする。各工程内での作りこみを徹底し、次の工程に持ち越さない。
渡辺社長は「今まで勘や経験などの暗黙知でやっていたことを機械化する。鋳物の湯流れは大丈夫かといった非常に細かいところまでデジタル化できるようになった」と言う。「海外、仕入先にもしっかりと展開してもらう」
<ハイブリッドで優位も勝ちは保証されず>
新興市場への主戦場シフトと同時に、今後の自動車業界には環境問題が大きなテーマとして横たわる。温暖化問題や枯渇の危機が叫ばれるエネルギー問題を背景に、EU(欧州連合)は自動車メーカーに対し、2012年までに二酸化炭素(CO2)の排出量2割削減を義務付ける見通しだ。米国も2020年までに燃費基準の4割改善を柱とする「エネルギー独立・安全保障法案」を成立させており、業界トップランナーのトヨタには、とくに風当たりが強くなることが予想される。
既存のガソリンエンジンやディーゼルエンジンも次々と改良が進んではいるが、燃費改善への要請はそうした対応を超えるほど厳しい。その難題に対してずっとトヨタが提案してきた回答が「ハイブリッド」だ。
「ハイブリッド技術をもつ企業が何社あるかといったら、ほとんどない。ビックスリーや欧州勢も今は必死に取り組んでいるが、車に実際に載せたときの性能はやってみないとわからない」と、日興シティグループ証券の松島憲之マネジングディレクターは言う。「以前からずっと開発していたトヨタやホンダの先行性が光ってくる」
トヨタが97年に発売したハイブリッド車「プリウス」は累計販売台数が125万台に達し、すでに黒字化している。渡辺社長はハイブリッドを環境対策の柱に据えていくことを明言し、「2010年代のなるべく早い時期に年間100万台の販売を実現する」としている。また、2010年までに家庭で充電できる「プラグインハイブリッド」を発売し、2020年までには全車種にハイブリッド技術搭載を予定している。
しかし、ハイブリッドシステムに不可欠なモーターを低価格で生産できるメーカーが突如として出現すれば、トヨタの優位は容易に崩壊しかねない。同社は高品質のガソリンエンジンを安価に作ることでは自動車メーカーのトップに立ったが、ハイブリッドのモーターは電機メーカーなどの異業種も必死に取り組んでいる。日興シティの松島氏は「トヨタといえども勝ちが保証されているわけではない。イノベーションの変化で今の勝ち組が急に負け組になる可能性もある」と指摘する。
<ロボット事業進出はトヨタの歴史に刻まれるか>
そして、その先に待ち構えるのが自動車市場の「成長の限界」だ。新興国や資源国の成長で今は急拡大を続ける自動車市場も、やがては飽和する。バブルの崩壊が始まった1990年にピークの777万台に達し、永遠に拡大するかと思われた日本国内の新車販売も、ここ数年は500万台半ば程度に減少している。
トヨタはいずれ訪れるその時をにらみ、ロボットを次世代事業の中核に育てようと動き出した。07年暮れに東京の台場で新型ロボットを発表した渡辺社長は、「2010年代のできるだけ早い時期に実用化を目指す」と宣言した。
トヨタが目指すのは、介護や製造現場で人間を支援する「パートナーロボット」。少子高齢化がすすめば、人力に代わってこうした業務をこなす機能には大きな需要が見込める。
豊田市の高岡工場では、すでに組み立て作業を支援するロボットが一部導入されている。作業員1人とロボットがフロントガラスの両端をもち、車体に組み付ける。ロボットは作業員の動く方向を感知し、同じ呼吸でフロントガラスを動かす。これまで2人でやっていた作業を1人で行えるようになるほか、重い部品を持ち上げるなどの負担が軽減し、高齢者でも働けるようになる。
もちろん実用化へ向けての課題は多い。人間が事前にプログラミングして動く産業用ロボットと異なり、パートナーロボットには自律行動が求められる。センサーなど技術的な進化はもちろんのこと、ロボットが生活のなかに入り込むようになったときに、安全面などで人間とどう共存させるのかという社会的な問題もある。
トヨタは3年以内にロボットの開発人員を約2倍の200人程度に増やし、事業化に向けた体制を強化する。豊田市の広瀬工場内に開発拠点を新設し、3カ所に分散していた人員を集約する。陣頭指揮を取る内山田竹志副社長は「少子高齢化のこれからの社会を考えると、こうしたものを誰かがいつかは開発し、マーケットに供給していかないといけない」と語る。「社会貢献活動としては考えてない、なんとか(ビジネスとして)成り立つものにしたい」と、あくまで収益力ある事業への育成を狙う。
トヨタの祖である豊田佐吉は、時代の要請に応えて自動織機を世に送り出した。その長男・喜一郎も、時代の変化を読んで自動車事業を興した。トヨタにとって、ロボット事業への進出という決断は、自動織機から自動車への転身と並ぶ、重要な転機として同社の歴史に刻まれるかもしれない。
「自動車業界は大きな転換点を迎えている。情勢変化に対応し、変えるべきものは変える、守るべきものは守る」と渡辺社長は言う。「そういう判断をしっかりと行うことが重要となる時期に(いまトヨタは)さしかかっている」
(ロイター日本語ニュース 久保 信博記者、編集:北松 克朗)